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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)3021号 判決

原告

佐藤興彦

右訴訟代理人弁護士

豊川義明

笠松健一

島尾恵理

被告

株式会社近鉄百貨店

右代表者代表取締役

田中太郎

右訴訟代理人弁護士

森口悦克

主文

一  被告は、原告に対し、一三五万六〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二一七七万〇二五〇円及び内一二四七万二七五〇円に対する平成一〇年四月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告が、被告による部長待遇職から課長待遇職への降格が不法行為もしくは債務不履行を、退職強要が不法行為を構成するとして、被告に対し逸失利益及び慰藉料等の支払を求める事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実)

1  当事者等

(一) 被告は、昭和四七年四月に設立された百貨店業等を目的とする株式会社である。

(二) 原告は、昭和一四年七月一七日に生まれ、昭和三八年四月、近畿日本鉄道株式会社に入社し、昭和四五年四月、株式会社別府近鉄百貨店に出向した。原告は、昭和四七年六月に被告に転籍となり、以来、被告の従業員として勤務してきたが、平成九年一二月二〇日付(五八歳)で退職した。

2  退職までの職務内容等

(一) 原告は、被告への転籍後、昭和四九年二月に課長として事業部に配属され、その後、阿倍野店紳士用品課、経営企画室、経理部(商品管理)、業務部(特殊販売)、阿倍野店特殊販売課、通信販売部、信用販売部、外商本部庶務部に配転され、各部署の業務に従事してきた。

(二) 原告は、平成四年一一月、外商本部庶務部長となり、課長、係長各五名及び主任四名を含む四四名の部下を持ち、平成六年七月まで、本部庶務、外商口座開設のための審査、与信、回収管理等の業務に従事した。

(三)(1) 原告は、平成六年七月二一日、部長待遇職として、奈良店外商部に配属となり、ショップ奈良におけるギフト商品の販売、売上金の奈良店への入金等の業務に従事した。ショップ奈良における原告の部下は、パートとアルバイトが各一名のみであった。

(2) 被告においては、昭和五七年三月に実施された六〇歳への定年延長に伴い、人事の停滞による会社のモラル低下を防止する目的で、長年蓄積した知識と経験を勘案し、管理職付きのスタッフとして現場における特定業務を処理させるために待遇職制度が導入された。

待遇職制度においては、管理職にある者が五五歳に達すると、社長を除く専務以上の役員からなる管理者能力審査委員会が、その者を現職に据え置くか待遇職とするかを決する。原則として管理職は五五歳で役職をはずれて待遇職になるが、特に会社の業績向上に大きく貢献していたり、後継者の育成になお時間がかかる等の特別の事情がある場合は、現役職を継続する。待遇職は、部下を持たず、役職給も四割カットされるが、管理者能力審査委員会の決定に対して異議を述べる制度はない。五五歳以上の管理職については、役職を外すかどうかの見直しを毎年行う。

待遇職の業務内容は、特命事項の処理(教育訓練等)、専門業務の処理(監査、品質管理等)、顧客に対するコンサルタント業務(お客様相談センター業務等)、顧客開拓業務(テレマーケティング、自社カードの募集等)及びその他の外商ショップ長等である。部長待遇職の場合、部長の指揮下において部長レベルの右業務を遂行することを予定している。

(四) 平成七年四月、原告は部長待遇職として庶務部に配転され、事務一課に席を置いた。以後、退職に至るまで、原告に部下はいなかった。

平成八年三月、原告は、部長待遇職として外商本部外商企画部に配転され、ショップ事業統括課に席を置いた。ここでの原告の仕事は各ショップの販売応援や連絡業務等であった。

(五)(1) 平成八年八月二八日、持永篤行総務本部長(以下「持永」という。)は、原告と面談し、原告に対し、「天野外商本部長によると、あなたは、ふてくされていて、ろくに挨拶もしないらしい。転進援助制度で転職してはどうか。このままでは、課長待遇職へ降格することになる。」等と言い、転進援助制度の利用を勧告した。持永の右勧告に対し、原告は、退職の意思がないことを伝えた。

(2) 転進援助制度とは、定年を待たずに転進を理由として退職する勤続一〇年以上の者に対して転進援助金を支給し、申出により三か月の転進準備休職を認める制度である。早期退職を奨励する制度であり、四四歳から四七歳で退職する場合の援助金支給率が最も高くなっている。

(六) 平成八年九月一〇日、原告は課長待遇職に降格し(以下「本件降格」という。)、経理本部商品管理部に配転され、流通センター奈良(天理センター)で、納品商品の検品作業に従事した。

(七) 平成九年八月二二日、人事部長である藤木茂生(以下「藤木」という。)同席の上、原告は持永から、「近鉄ビルサービス株式会社へ出向し、京都アバンティで警備業務に従事してもらう。」と出向を内示され、同意書の提出を求められた。右内示を受けた後、原告が、被告から提示された右出向先における勤務条件表を確認したところ、出向前の原告の就業時間が午前九時四五分から午後六時一五分、休憩一時間の日勤であったのに対し、出向先の就業時間は、隔交(午前九時から翌日午前九時、休憩四時間、睡眠四時間)と循環(午後八時から翌日午前一〇時、休憩二時間)または日勤(午前九時から午後六時、休憩一時間)の組み合わせであった。また、被告において認められていた連休制度(年間二回、一〇連休を取得できる)やリフレッシュ休暇制度(休暇支援金五万円の支給を受けてリフレッシュ特別休暇一日及び年次有給休暇三日を含む一五連休を取得でき、休暇中に人間ドックを利用するときは二日間の人間ドックチケットを配偶者ともども贈与される)は出向先にはなく、被告における未消化分の振替休日も出向先では行使できないというものであった。このため、原告は求められた同意書の提出をしなかった。

(八) 原告は、平成九年八月二五日、転進援助適用申請をなし、平成九年九月二一日から転進準備休職となり、平成九年一二月二〇日付で退職した。原告は、転進援助制度によって被告から二三八万五〇〇〇円を受領した。

3  損害額の算式等

被告の行為の違法性(責任原因)、平成九年度及び同一〇年度の給与の昇給額並びに両年度の賞与の支給月数については争いがあるが、逸失利益の算式及び原告の主張を前提とした場合のその他の損害額は以下のとおりである。逸失利益は、原告が少なくとも部長待遇職として平成一一年七月に六〇歳で定年退職できた場合との処遇上の各差額等である。

(一) 逸失利益 一五一五万二三〇〇円

原告は、本件降格及び退職強要がなければ、少なくとも部長待遇職として平成一一年七月に定年退職する予定であった。したがって、原告の逸失利益は次のとおりである。遅延損害金の関係から、本件訴訟提起の前後で分ける。

(1) 給与等(平成一〇年二月まで)

〈1〉 給与(平成一〇年一月分、二月分)

四七万七〇〇〇円(一か月)×二か月=九五万四〇〇〇円

〈2〉 降格による逸失額

原告の給与は、部長待遇職から課長待遇職への降格により、一か月あたり、四万八〇〇〇円減額された。

四万八〇〇〇円×一七か月(平成八年一〇月から平成一〇年二月)=八一万六〇〇〇円

〈3〉 平成九年度昇給分

一万円(一か月)×五か月(平成九年一〇月から平成一〇年二月)=五万円

〈4〉 小計 一八二万円

(2) 給与等(平成一〇年三月から平成一一年七月まで)

〈1〉 給与

四七万七〇〇〇円×一七か月=八一〇万九〇〇〇円

〈2〉 降格による逸失額

四万八〇〇〇円×一七か月=八一万六〇〇〇円

〈3〉 平成九年度昇給分

一万円×一七か月=一七万円

〈4〉 平成一〇年度昇給分

一万円×一〇か月(平成一〇年一〇月から平成一一年七月まで)=一〇万円

〈5〉 小計 九一九万五〇〇〇円

(3) 賞与等(平成一〇年二月まで)

〈1〉 賞与(平成九年一一月支給分)

被告における賞与は毎年五月と一一月にそれぞれ給与額の一・五か月分の支給がある。

四七万七〇〇〇円×一・五か月分=七一万五五〇〇円

〈2〉 降格による逸失額

四万八〇〇〇円×一・五×三回(平成八年一一月、平成九年五月、同年一一月)=二一万六〇〇〇円

〈3〉 平成九年度昇給分

一万円×一・五×一回(平成九年一一月分)=一万五〇〇〇円

〈4〉 小計 九四万六五〇〇円

(4) 賞与等(平成一〇年三月から平成一一年七月まで)

〈1〉 賞与(平成一〇年五月、同年一一月、平成一一年五月)

四七万七〇〇〇円×一・五×三回=二一四万六五〇〇円

〈2〉 降格による逸失額

四万八〇〇〇円×一・五×三回=二一万六〇〇〇円

〈3〉 平成九年度昇給分

一万円×一・五×三回=四万五〇〇〇円

〈4〉 平成一〇年度昇給分

一万円×一・五×二回=三万円

〈5〉 小計 二四三万七五〇〇円

(5) 退職金差額

原告は、昭和三八年の四月に入社し、平成九年九月まで試用期間を除いて三四年三か月勤務した。仮に、平成一一年七月まで勤務していたとすれば、勤続年数は三六年一か月となる。原告は、主事(甲)であったから、被告の退職金支給規則(〈証拠略〉)により、退職金の差額は次のとおりとなる。

二七万五〇〇〇(ママ)(退職時基本給額)×{(七六・九〇-七五・一五)+(七七・九〇-七六・九〇)×一/一二}=五〇万三三〇〇円

(6) 定年退職記念品料 二〇万円

(7) リフレッシュ休暇支援金(平成一〇年) 五万円

(8) 逸失利益合計 一五一五万二三〇〇円

ただし、平成一〇年二月までの逸失利益は(1)、(3)、(5)及び(6)の三四六万九八〇〇円である。

(二) 慰藉料 七〇〇万円

(三) 弁護士費用 一七五万円

(四) 合計 二三九〇万二三〇〇円

(五) 損益相殺 二三八万五〇〇〇円

原告は、被告の転進援助制度を利用し、被告から二三八万五〇〇〇円を受領した。

二  争点

1  本件降格が裁量を逸脱したものとして不法行為もしくは公正処遇義務違反の債務不履行となるか。

2  平成九年八月二二日付の退職強要の有無及び不法行為の成否

3  損害額(逸失利益等)

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

原告は、本件降格に先立ち、平成六年七月二一日に部長待遇職に降格するまで、外商本部庶務部長として、外商取引申込書の改善や外商取引口座規約の設定、顧客信用情報(顧客カード)のコンピューター帳票化、外商特別販売活動褒賞金支給実施要領の改正、企業信用情報オンラインシステムの導入、不良債権回収促進のための債権管理組合への加入等、外商業務の改善を促進するなど、誠実に職務を遂行していた。原告以前に外商本部庶務部長で部長待遇職に降格された者が存しないことからも、被告による部長待遇職への右降格の違法性は明らかである。

右降格後の平成八年九月一〇日、原告は課長待遇職に降格された(本件降格)。以下に述べるとおり、本件降格は、全く根拠のないものである。

(1) 原告は部長待遇職への降格以降も、奈良店外商部長であった東平尚之(以下「東平」という。)から指示された奈良店外商サロン業務の応援業務、ショップ奈良におけるギフト商品の販売、売上金の奈良店への入金等のショップ長としての業務に懸命に精励するなど、与えられた業務をこなすだけでなく、奈良店外商部長であった安井大作(以下「安井」という。)から何ら指示を受けなくても、自発的に奈良店外商部勤務時の資料と現地調査等に基づいてショップ田辺とショップ精華の統廃合を提案するなど、誠実に業務に従事した。

(2) 平成七年四月、原告は部長待遇職のまま、庶務部事務一課に配転されたが、仕事に関する指示は一切なく、机もかつての部下たちの末席、しかも清掃用具等の収納場所のそばの席であった。以後、退職に至るまで、原告に部下は全くいなかった。もっとも、原告は、平成七年六月に発足した外商部門における業務改善、制度及び組織の見直し検討チームの一員として、積極的に参画し、会合においては発言もしていた。また、本来売掛金を回収すべき外商ラインが放置していた長期かつ多額の未収金の回収業務に関し、原告は、関係者に実態把握のための助言と、回収努力の継続を督励した。

(3) 平成八年三月、原告は、部長待遇職として外商本部外商企画部に配転された。ここでの原告の仕事は各ショップの販売応援や連絡業務等であり、原告は、配転当初の同年三月から九月にかけて、約二〇か所ある各ショップを巡回して施設、商品、装飾、接客等の状況を調査、報告したりするなど、懸命に与えられた業務に従事した。

(4) なお、本件降格時に、持永は、当時外商本部長であった天野悟(以下「天野」という。)が持永に対して、原告はふてくされていて天野にあいさつもしないと話した旨述べているが、事実無根であり、原告を降格するための口実にすぎない。原告は、天野に追従はしないが彼に対して上司として払うべき敬意は払うとともに、被告会社内の秩序を乱すような行為は一切していないことは勿論のこと、誠実に職務に精励してきたものである。

(5) 右のとおり、本件降格は理由がないものである。被告における約四〇〇名の管理職のうち、課長待遇職に降格となったのが原告ただ一人であることからも、本件降格が不当な意図でなされた濫用的なものであることは明かである。

本件降格は、不法行為を構成するとともに、公正な処遇を人事の基本原則とする就業規則(「社員就業規程」であるが、以下では単に「就業規則」という。)によって被告が負う公正処遇義務に違反する債務不履行である。就業規則には人事異動に関し、「昇格」「昇職」の規定があるのみで、降格については何ら定めがないから、本件降格は就業規則上の根拠のないものである。

(二) 被告の主張

本件降格に先立つ平成六年七月二一日付での部長待遇職への移行は原告を含めて三名あり、原告だけに対する特別な取扱いでもなければ、いわゆる処分としてなされたものではない。

原告は、昭和四九年二月に課長、平成四年一一月に部長、同期入社者の中で比較的遅れて昇進した。部長待遇職への移行後は、上級待遇職としての業務を命じられたが、仕事に取り組む意欲が欠け、与えられた業務を遂行できなかっただけでなく、上司や同僚との協調性もなく、職場の志気に著しく影響を与えた。原告の勤務実績は、管理職の中でも最低のレベルであったが、被告は何度も配転を行うなど、本人の意欲向上を促したものの、前期勤務状態に変化はなく、やむなく課長待遇職に任命した。

(1) 平成六年七月以降、被告は、原告に対し、奈良店外商部所管の外商ショップ七か所(奈良、天理、学園前、生駒、精華、田辺、大和郡山)について、業績向上を図るため、各ショップの問題点の把握や、改善指導を行うよう指示したが、原告はこれらの指示を無視して業務に取り組もうとしなかった。

また、平成六年九月一二日、暫定的に原告をショップ奈良のショップ長としたが、売上金を母店である奈良店に入金する業務を行わず、顧客が来店していても、店頭の接客カウンターに座り、テレビを見たり、新聞を読んだりするだけで、販売業務を行わなかった。特に、平成六年一一月から一二月にかけての歳暮期で店頭が混雑している時期にもかかわらず同様の勤務態度であったため、外商員が後日顧客宅を訪問した際に苦情を受け、詫びることが数回あった。

原告は、平成七年二月五日付で再び奈良店外商部勤務となったが、安井の指示に従わず、従前と同様、業務に取り組もうとしなかった。

(2) 原告は仕事に対する意欲を喪失していたが、平成七年四月一日付の自己申告書において「売掛金の回収管理に関する業務改善策を検討」したいと被告に申告したため、被告は、本人にチャンスを与えるため、同月二一日付で原告を外商本部庶務部へ配置した。

庶務部においては、原告に、滞留売掛金の回収促進のためのアドバイザー業務が与えられ、平成七年六月に発足した外商部門における業務改善、制度及び組織の見直し検討チームのサブリーダーとしての役割が与えられた。しかし、原告は、滞留売掛金回収業務に取り組まず、右検討チームの会合に出席しても、黙って座っているだけであり、何らリーダーとしての役割を果たさなかった。また、中元、歳暮期で多忙を極めた庶務部に協力する姿勢を全く示すこともなかった。

(3) このような勤務状況であったため、被告は、平成八年三月一日付で原告を外商企画部に配置換えし、外商ショップ全体の統轄業務を命じた。しかし、原告は、毎月一回定期的に行われていた外商ショップ巡回業務もほとんど行わず、毎月の予定表すら作成しなかった。平成八年の中元期前、原告は、外商本部長の天野から各ショップが中元商戦の態勢ができているか確認するために巡回するように指示されたにもかかわらず、従わなかった。原告は、外商企画部長である橋永(ママ)(以下「橋永」という。)の指示によって、八月に入ってから八日間延べ一三か所のショップを巡回したが、単に巡回したのみで、改善策の立案、調査、分析等は何らしなかった。原告は仕事もせずに席で新聞を読んでばかりいたので、周りから顰蹙を買っており、上司に挨拶をしない、次長の森忠利(以下「森」という。)から注意を受けても態度が改まらない等の問題があった。

(4) 持永は、平成八年七月末ころ、原告の勤務状況に関する報告を受け、事態を改善するため、橋永から原告に対して、〈1〉原告の主たる業務であるショップ廻りのスケジュール表を作成する、〈2〉ショップ廻り後、報告書を本部長である天野に提出する、〈3〉勤務態度を改めるように指示させ、改善状況を見守ることとした。しかし、原告の勤務状況はいっこうに改善されなかった。そこで、平成八年八月二八日の面談に至った。

被告は、原告の勤務状況から一般職が適当と判断したが、降格によって原告が警告と受け止め、これを機に立ち直ることもあり得ると期待し、課長待遇職を担当させるのが妥当と考え、流通センター奈良(経理本部商品管理部)の商品管理担当とする案を作成し、他の人事異動案とともに管理職の人事異動稟議に諮り、決裁を得た上、平成八年九月一〇日付で人事異動を発令した。

(5) 一般に、職位の引き下げにより職務内容が変更され、これに付随して賃金が引下げられる降格は、人事権の行使として使用者の経営上の裁量判断にゆだねられ、それが権利の濫用にあたらない限り違法とはならない。被告は、経営上の必要性から一連の措置をしたのであり、人事権の裁量の範囲内でなされた正当なものである。原告は、本件降格が就業規則上の根拠のない公正処遇義務違反の債務不履行であるとも主張するのであるが、「公正な勤務条件の確立を期す」とする就業規則の前文から直ちに被告が従業員に対して公正処遇義務を負うとはいえない。本件降格のように一定の役職を解く降格は、使用者の経営上の裁量的判断により、就業規則に明確な規定がなくてもなしうるものであるが、被告は、就業規則五六条の「転職」に準ずるものとして本件降格を行った。

2  争点2について

(一) 原告の主張

平成九年八月二二日、持永が原告に対し、近畿日本鉄道株式会社の子会社で、被告の下請をしている近鉄ビルサービス株式会社に出向して警備業務へ従事するかあるいは退職するかの選択を迫り、原告に退職を余儀なくさせた。すなわち、被告会社が原告に命じた出向の内容は、慢性肝炎に罹患している原告にとって到底耐えられないことが明らかな勤務条件による警備業務である。被告会社は原告が慢性肝炎に罹患していることを以前から知っており、原告に耐えられない勤務条件であることを十分に認識した上で出向を命じてきたのである。また、持永は、原告が出向に同意しない場合、解雇すると言った。

しかしながら、原告は課長待遇職降格後も誠実に与えられた職務に従事するなど、原告に職務義務違反は一切なく、その他本件のような出向を命ぜられることを合理化するような理由は全くない。結局、今までの原告に対する違法行為と同様に、天野に追従しない原告を排除するため、原告が到底従事しえないような勤務条件の出向を命じることにより原告を退職に追い込もうとした違法行為である。右退職強要は、不法行為を構成する。

(二) 被告の主張

(1) 平成九年の出向内示は、七月から八月にかけて原告を含む六名の従業員に対して行われた。持永は、原告に退職の意思がないことを知っていたので、出向か退職かの二者択一を迫ったことはない。被告は厳しい経営環境のもとで人件費の削減が必要であったが、退職の意思のない従業員の雇用確保の必要性から、出向を内示したのである。

(2) 被告は、いわゆるバブル経済崩壊後、業績が著しく悪化し、平成四年度及び五年度には大幅な赤字を計上した。収支構造の抜本改革をするべく、店舗の閉鎖(平成六年に桜井店、別府店、平成七年に西京都店、平成五年から七年にかけて外商ショップ九か所)、転進援助制度の導入(平成七年一〇月)、採用の抑制、出向の促進等を行ってきた。平成九年四月以降は、消費税率の引き上げ等により、毎月の売上が連続して前年度を下回り、新規出店(桃山店、生駒店)の償却費等の増大や特別減税の廃止などにより収支が圧迫されたため、人件費の削減が急務となった。

その一方、被告は近鉄流通グループの中核会社として業績不振の関連会社を支援する必要があり、右関連会社からの出向を受け入れざるを得ない状況にあった。

右のような経営状況の悪化に伴い、被告は平成九年七月から八月にかけて、勤務実績の芳しくない管理職に転進援助制度の利用を勧奨し、応じない者には近鉄ビルサービス株式会社、株式会社近鉄商業開発等の関連会社への出向等を命じることにした。出向先での業務は、警備、駐車場管理、清掃等であった。

被告は、各部門からのリストアップにより、転進援助制度の利用を勧奨する管理職一三名を選定し、その中に原告も含まれていた。右勧奨に応じなかった一一名のうちの五名と原告について、近鉄ビルサービス株式会社および株式会社近鉄商業開発に出向させることにした。

(3) 平成九年八月二二日、持永と藤木は、原告と面談し、出向内示に至る被告の事情、出向後の給与や肩書き、出向が本人の同意を前提とするものであること等を説明し、近鉄ビルサービス株式会社への出向を内示したが、原告は回答を留保した。この面談において、原告は、慢性肝炎に罹患しており、出向先での警備業務に従事できない旨の発言はしていない。

同月二五日、原告は、転進援助制度の申請をしてきたので、被告は、申請期間を経過していたが、申請を認めた。この退職は、あくまでも原告の任意の退職であり、何ら被告が強要したものではない。したがって、なんら不法行為を構成しない。

3  争点3について

(一) 原告の主張

本件降格は不法行為もしくは債務不履行を構成し、退職強要は不法行為を構成する。本件降格及び退職強要がなかったものとして、原告は被告に対し、前提事実3のとおり、二三九〇万二三〇〇円から二三八万五〇〇〇円を損益相殺した、二一五一万七三〇〇円の損害賠償請求権を有する。

(二) 被告の主張

原告は、平成九年及び一〇年の昇給分として一か月一万円とするが、支給実績からみて何ら根拠がない。平成九年は、部長待遇職として平均的な勤務成績と仮定しても一か月九〇〇〇円であるし、平成一〇年は支給実績がなく算定不能である。

賞与についても、平成九年一一月の賞与は、部長待遇職として平均的な成績を上げていたとしても、支給賞与額は月額賃金の一・五九か月分であり、平成一〇年五月は、一・四三か月分、同年一一月は、一・三四か月分、平成一一年五月は、支給実績がなく算定不能である。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1について

1  部長待遇職になる前の勤務状況

(一) (証拠・人証略)及び原告本人によれば、次の事実が認められる。

原告は、平成四年一一月、被告の外商本部庶務部の部長となり、課長、係長各五名及び主任四名を含む四四名の部下を持った。原告は、平成六年七月二一日付で部長待遇職となるまでの間、具体的には、外商取引申込書の改善、外商取引口座の規約の設定、顧客信用情報のコンピューター帳票化、外商特別販売活動の褒賞金の支給要領の改正、企業信用情報についてのオンラインシステムの導入、不良債権回収促進のための債権管理組合への加入等の業務に従事した。

原告は、右のような自己の実績や、原告の当時の上司であった福田均次長(以下「福田」という。)から、原告を現役職継続適任者として部長に据え置くように管理者能力審査委員会に推薦したということを伝えられていたこと、さらに過去に庶務部長から待遇職になった者がいないこと等から、右管理者能力審査委員会における審査によって、五五歳以降も従前どおり部長に残れると期待していた。ところが、原告は、平成六年七月二一日、部長待遇職となり、奈良店外商部に配転となった。

(二) なお、天野作成の(証拠略)には、原告が外商業務の改善の具体的な指示は出しておらず、業務のほとんどは課長や係長が行っていた旨の記述があるが、天野が外商本部長になった平成六年五月三一日から、原告が部長待遇になる同年七月二一日までの期間は二か月にも満たず、天野が原告の部長としての勤務状況をどれだけ把握していたか疑問であるし、福田が原告を現役職継続適任者として部長に据え置くように管理者能力審査委員会に推薦したことを考慮すれば、(証拠略)の記述はこれを採用できない。

2  奈良店外商部、ショップ奈良、奈良店外商部における各勤務状況(平成六年七月二一日から平成七年三月まで)

(一) (証拠・人証略)、原告本人に前提事実を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、平成六年七月二一日、部長待遇職として奈良店外商部に配属され、効率の悪かった奈良県下の外商ショップの問題点の把握及び改善指導という業務を与えられた。当時の奈良店外商部長であった東平は、原告の席を、奈良店六階の外商部事務所ではなく、三階外商サロン裏にあり、ロッカー、コピー機、レジスター、流し台、商品ストック棚等を備えた小事務所の一角に設けた。原告は、外商ショップ七か所(奈良、天理、学園前、生駒、精華、田辺、大和郡山)の問題点を把握するために、関係資料をショップ事業統括課から取り寄せ、ショップに出向くなど、外商ショップの現状把握に努めたが、平成六年九月一二日、ショップ奈良のショップ長であった福井康尚(以下「福井」という。)の退職に伴い、その後任としてショップ奈良に配転されたため、外商ショップの改善についての具体的な提案をすることは出来なかった。

ショップ奈良は、平成七年一月三一日に閉鎖されることになっていたが、原告は、ショップ長として、ギフト商品の販売、売上金の奈良店への入金業務に従事した。ショップ奈良では、原告以外はパートとアルバイトが各一名いるだけであり、原告は多忙なときには売上金の入金を外商員に代わってもらうこともあった。原告は、勤務中、ショップ奈良の接客カウンターでテレビを見たり、新聞を読むことがあり、平成六年一一月から同年一二月の歳暮期には顧客から苦情が出たことがあった。

平成七年二月五日、閉鎖されたショップ奈良の残務整理を終え、原告は再び奈良店に戻り、当時奈良店外商部長の安井から、外商ショップ六カ所の業績向上を図るように指示された。原告は、ショップ田辺及びショップ精華の統廃合案を収支予想とともに安井に提出した。奈良店での原告の席は安井の横に設けられたが、原告は、勤務中、自席で新聞を読んだり、私的な用件の電話をしていることがあった。

(二) (証拠略)には、原告の奈良店での勤務態度が不良であったためにショップ奈良に配転した旨の記述があるが、右配転は、前任の福井の退職に伴い、予定されていたショップ奈良の閉鎖までの暫定的なものであるし、部長待遇職として奈良店に配転されてからショップ奈良に配転されるまでの期間が二か月にも満たないことを考えると、ショップ奈良への配転が原告の勤務態度不良を理由とするものであるとまでは認められない。

3  庶務部事務一課における勤務状況(平成七年四月以降平成八年二月まで)

(一) (証拠・人証略)及び原告本人に前提事実を総合すると、次の事実が認められる。

平成七年四月、原告は、被告に提出していた自己申告書に「外販部門の生産性向上のため、売掛金の回収管理に関する業務改善策を検討」したい旨記載していたため、外商本部庶務部事務一課に配転された。外商本部庶務部事務一課では、原告に部下はなく、席も天野の指示によって企画部長の横に移動するまで、清掃用具等の収納場所の付近の末席であった。

原告は、天野から、外商部門における業務改善(制度及び組織の見直し)の検討チームの一員として、テリトリー制(外商活動の担当エリアを設ける制度)について検討するよう指示されたが、検討チームの一員であった森が、テリトリー制を整備すると、売上に影響が出るので実現は難しいとの消極的な発言をしたため、結局検討チーム内での具体的な検討作業は行われなかった。右検討チームにおいて、原告は、褒賞金制度を成果配分的なものに変えるべきとの意見を述べた。

また、原告は、天野から、長期滞留債権の回収促進を指示され、原告が庶務部の部長をしていた当時からの上田福三郎に対する高額の長期滞留債権について、当時の関係者である森島弘行部長、増田佳任課長、中井信次主任に現状報告をさせ、回収状況の経過報告、回収努力を指示した。

原告は、勤務時間中に新聞を読んだり、長電話をすることがあったが、新聞は他の従業員も読んでいたし、電話のほとんどは業務上のものであった。

(二) 被告は、右期間の原告について、勤務態度が不良である旨主張し、証人森及び証人天野はそれに沿う供述をするところ、確かに、原告の勤務に対する上司の評価は芳しくなく、原告の自らの処遇に対する不満感は自ずから滲み出て、上司等との人間関係に円滑を欠く状態となったなどの問題点があったことは認められるものの、右認定事実によれば、原告は、被告から指示された業務については、被告の期待する水準には至らないとしても、一応の遂行をしていたというべきである。

4  外商本部外商企画部における勤務状況(平成八年三月以降)

(一) (証拠・人証略)及び原告本人に前提事実を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、平成八年三月一日付で外商本部外商企画部に配転となり、ショップ事業統括課に席を置くことになり、被告から、全部で一五か所ある各ショップを定期的に巡回して、ショップの応援や連絡業務、ショップの改善案の提案等を行うように指示された。

原告は、同年三月から七月にかけてはほとんどショップ巡回をせず、改善案の提案もしなかった。そのため、平成八年七月初旬、天野は持永に対し、原告を外商企画部から転出するように要請したが、持永は、橋永に原告の勤務態度を改善させるように指示をした。平成八年七月下旬以降、原告は、橋永が作成した「外商ショップの定期巡回実施について」の要領に従い、各ショップへの巡回をして施設、商品、装飾、接客等の状況を調査し、問題点や改善提案を記載したショップ巡回報告書を被告に提出するようになった。

同年八月二〇日ころ、天野から持永に対して再び原告の転出要請があり、同月二八日、持永は原告と面談し、原告に、転進援助制度によって被告を退職することを勧めた。右面談の際、退職をしない場合は降格もあり得ることをほのめかしたが、原告を転進援助制度の申請をすることに応じなかった。

平成八年九月一〇日、被告は、原告を経理本部商品管理部(流通センター奈良)に配転するとともに、課長待遇職に降格させ(本件降格)、納品商品の検品作業に従事させることとした。

(二) 右認定事実について、原告は平成八年三月から七月にかけてもショップ巡回業務等に懸命に従事したと主張し、原告本人もそれに沿う供述をするが、(証拠略)によれば、右期間における原告の申請した交通費の額から判断しても、同年七月下旬以降と比較して著しく巡回の回数は少なかったというべきである。

5  本件降格不法行為もしくは債務不履行を構成するか

以上の認定事実によれば、原告は、平成六年二月ころ、ショップ奈良での勤務中、接客カウンターでテレビを見たり、新聞を読んだりして顧客から苦情を受けたり、平成七年四月に外商本部庶務部事務一課に配転となった後、上司との間の人間関係に円満を欠いたり、平成八年三月に外商本部外商企画部ショップ事業統括課では、同年七月下旬ころまで指示されたショップ巡回業務をほとんどしていない等、勤労意欲を喪失していた面もあった点を除けば、部長待遇職となった以降も、本件降格まで、指示された業務を一応遂行していたといえる。その業務遂行状況は、被告が期待する程度に至ってないとはいいうるものの、部長待遇職となってその手足となる部下もなく、それぞれの業務の従事期間が短いことからすると、被告の期待は過大なものというべきであり、原告に職務の怠慢があったとまではいえないところである。

しかるに、被告は、平成八年九月、原告に対して本件降格を行った。確かに、被告には昇進、降格という人事権の行使について一定の裁量が認められるものの、本件降格は給与が一か月四万八〇〇〇円減額されるという不利益を原告に与えるものであるうえ、待遇職は管理職ではないことから、その昇進、降格についての被告の裁量は管理職についての昇進、降格のそれと比較すれば狭く解するべきである。そして、本件降格は、部長待遇職への降格時から二年余りという短期間で行われたものであり、その間、原告は四か所もの配転を受け、外商本部庶務部の部長としてそれなりの業績を上げてきた原告に対し、部長待遇職となって以降奈良店においてサロン裏の席に配置したり、外商本部庶務部事務一課で末席しか与えないなどの被告の措置により、原告は勤労意欲を失い、上司との人間関係を悪化させたのであり、被告にも責められるべき点があること、本件降格前の平成八年七月下旬以降は、原告の勤務態度も改善されつつあったことなどの諸事情を考慮すれば、原告の勤務態度、勤務成績が悪いことと、その改善がみられないことを理由とする本件降格は、人事権の裁量の範囲を逸脱し、これを濫用した違法なものといわざるをえず、原告に対する不法行為を構成するとするのが相当である。

また、原告は、平成六年七月二一日付の部長待遇職への降格についても不法行為もしくは債務不履行である旨主張するかのようであるが、被告においては、五五歳に達した管理職は、原則として待遇職となり、原告のみを異なって扱ったとは認められないのであるから、原告のこの点の主張は理由がない。

二  争点2について

1  (証拠・人証略)に前提事実を総合すれば、次の事実が認められる。

平成九年四月に消費税率が引き上げられた後、被告の売上は減少を続け、人件費の削減が急務となり、被告は人事部が作成したマニュアルに従って従業員に転進援助制度の適用申請(退職)の勧奨を行っていたが、平成八年八月二八日の退職勧奨の面談で退職の意思がないことを被告に伝えていた原告はその対象には入らなかった。

人件費削減策の一環として、被告は、右勧奨に応じなかった従業員らに近鉄ビルサービス株式会社及び株式会社近鉄商業開発への出向を行おうとし、その出向内示の対象者に原告も含まれていた。被告は、平成九年八月二二日、原告に近鉄ビルサービス株式会社への出向を内示し、勤務条件等も説明し、出向に対する同意書の提出を求めたが、原告は同意書を提出しなかった。右出向内示の際、原告は昭和五八年ころから患っている慢性肝炎については何ら被告に申告しなかった。また、被告に提出した自己申告書においても、健康状態について健康と申告していた。

原告は、右出向内示の翌日である同月二三日、被告を退職することを決意し、人事部長である藤木に出向先での勤務は体力的に無理なので、転進援助制度を利用して退職したい旨を伝え、同月二五日、被告に転進援助制度の適用を申請し、同年九月二一日から転進準備休職に入り、同年一二月二〇日付で被告を退職した。

2  右事実に対し、原告は、被告は、原告が慢性肝炎に罹患して出向先での勤務に耐えられないことを知悉していたにもかかわらず、出向に応じない場合は解雇すると告げ、原告を退職に追い込んだ旨主張する。しかし、右出向の内示の際に被告が原告の慢性肝炎の罹患を知っていた事実を認めるに足りる証拠はなく、出向内示の翌日に被告を退職することを決意していることからすれば、右退職は、原告の任意のものというべきである。仮に出向内示の際に、出向に応じない場合は解雇するとの発言が持永からあったとしても、それだけで直ちに右出向内示が原告を退職に追い込むためになされたものとして不法行為を構成するとはいえず、その余の点を判断するまでもなく、原告の損害賠償請求には理由がない。

三  争点3について

1  右のとおり、本件降格は不法行為を構成するが、原告の主張する退職強要の事実は認められず、被告による出向内示は原告に対する不法行為とならない。したがって、原告の主張する損害のうち、退職強要の不法行為があったことを前提とする退職後の給与(平成一〇年一月分以降)及び賞与、定年まで勤続したと仮定した場合の退職金との差額、定年退職記念品料、リフレッシュ休暇支援金それぞれの相当額を逸失利益として主張する部分は理由がない。

2  被告の不法行為(本件降格)による原告の損害は次のとおりである。

(一) 給与差額分 七二万円

本件降格後の平成八年一〇月分から任意退職した平成九年一二月分までの一五か月分について、部長待遇職と課長待遇職との差額一か月につき四万八〇〇〇円で計算すると、七二万円となる。

なお、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、転進準備休職期間中は年度毎の昇給は行われないことが認められるから、平成九年度昇給分については右給与差額には加算されない。

(二) 賞与差額分 二一万六〇〇〇円

(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、平成九年一一月分までの賞与の支給月数は、平均的な部長待遇職の場合、少なくとも賃金月額の一・五か月分以上であったことが認められる。本件降格後、任意退職前に支給された平成八年一一月、平成九年五月、同年一一月支給の三回分の賞与について、部長待遇職と課長待遇職の一か月の給与差額四万八〇〇〇円に支給月数一・五を乗じると、二一万六〇〇〇円となる。

なお、平成九年度昇給分については、給与差額と同様、賞与差額分には加算されない。

(三) 慰藉料 三〇万円

被告による違法な降格をされた原告に生じた精神的苦痛には大きいものがあるが、本件降格に至る経緯、本件降格の態様、それまでの原告の勤務態度等、諸般の事情を考慮すれば、右精神的苦痛の慰藉に要する額は三〇万円をもって相当というべきである。

(四) 弁護士費用 一二万円

弁論の全趣旨によると、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、一七五万円の報酬の支払を約していると認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件降格による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は一二万円が相当である。

(五) 合計 一三五万六〇〇〇円

右(一)ないし(四)を合計すると、一三五万六〇〇〇円となる。

3  原告は、年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるが、不法行為に基づく損害賠償債務は商行為によって生じた債務ではないから、利率は民法所定の年五分となる。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求のうち、不法行為に基づく損害賠償として一三五万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 和田健)

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